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南北分断の現実 臨津閣(イムジンガク)
2014年 06月 06日 (金) 12:00 | 編集
ここは、ソウルから北に車で約1時間半。パジュ市の臨津閣(イムジンガク)国民観光地。

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恐らくこの人形は、映画「JSA」のイ・ビョンホン。

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そして、こっちは、イ・ヨンエ。チャングムですね。

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そして、この橋は、「自由の橋」。朝鮮戦争の停戦後、韓国軍の捕虜12,773人が北朝鮮から帰還する際に使用された橋です。この橋を渡り、自由の身となって韓国に戻ってきたことからなずけられたそうです。

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橋の先には、北朝鮮に残された家族へのメッセージ、南北統一への思いなどが書かれた平和のリボンがたくさんあります。

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この先に進む鉄橋が見えます。

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ただし、この先は立入禁止です。

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ちなみに、これは、北朝鮮が爆破した旧臨津閣鉄橋です。

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もうちょっと先が北朝鮮です。線路と道路がつながっています。

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何年か前に来た時と比べて、かなり変わりました。遊園地ができたり、南北分断の現場とはいえ、完全に観光地化されています。展望台も新しくなっています。

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庭もあります。

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現在の休戦ラインは、厳密には北緯38度ではないそうです。

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38度を境に分断されたものの、朝鮮戦争で攻め込まれたり、攻め込んだりで、現在の休戦ラインとなったそうです。

ここから北朝鮮の開城(ケソン)までは、わずか22キロ。ソウルよりも近いのです。

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そして、以前はなかったのが、朝鮮戦争時代の蒸気機関車です。

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この機関車は、朝鮮戦争の最中に被弾し、50年以上非武装地帯に放置されていたものを、ポスコの保存処理技術の支援を受けて錆をはがし、国民の歴史教育の資料として活用しようとする京畿道の強い意志により現在の展示場に移されたそうです。この機関車の車体には1020余の銃弾の痕があるそうです。

そして、この機関車には、日本の跡も見ることができます。

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ここにあるのは、スリーダイヤ。そう、三菱のマークです。

そしてこの車輪の刻印は、

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そう、住友と刻印されています。

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御多分に漏れず、ここにも中国人観光客が大勢きています。南北分断に少なからず影響を与えた中国。中国人がここにきて、この現実をどう感じるのか、聞いてみたいところです。


by aero-K


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