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ソウルウォーキングツアー 景福宮編~その1
2013年 07月 07日 (日) 13:00 | 編集
今日は、朝から、KBSが、アシアナ航空機のサンフランシスコ空港着陸失敗のニュースをずっと流していました。こいうう事故が起きると、旅行マーケットは敏感に反応しますので、心配です。

さて、昨日、参加したソウルウォーキングツアー、最初は、やっぱり、基本中の基本、景福宮からです。
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集合時間は、午前10時。集合場所はチケット売り場です。別途チケットは購入します。大人3,000ウォン。
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ちょうど、守備兵の交代式をしていたので、それが終わってからスタートです。
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興礼門のところで、まず、ご説明。
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景福宮は、南に漢江、北に北漢山という、風水上の敵地に建てられた王宮です。景福宮のあちらこちらに、風水、陰陽五行説の影響を見ることができます。

光化門、興礼門、勤政門、勤政殿(宮廷の中心的な建物、正殿)、思政殿(王の執務室)、康寧殿(王の寝室)、交泰殿(王妃の寝室)と主な門、建物が、南北の一直線上に配置されているのが特色で、ソウルの王宮の中でも、このように配置されているのは、景福宮だけです。

興礼門と勤政門の間には、石橋(永済橋)があります。ソウルの王宮には、必ず、勤政殿の手前に石橋があります。ここで馬を下りて、歩いて橋を渡ったそうです。
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下を流れる小川は人工的に復元したものですが、昌慶宮では、北漢山から流れる川の自然の流れを生かしたものだそうです。
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勤政門をくぐるときにも見どころが。両脇にも門があります。
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右が、日華門。
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左は、月華門。
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「太陽を抱く月」を見た方はおわかりでしょう、太陽は王様、月は王妃。太陽と月、王様と王妃はセットであり、どちらか一方だけということはありません。

門のところには、鳳凰が。朝鮮時代は、中国の影響を大きく受けていました。中国の皇帝は「竜」、その他の国の王は「鳳凰」。韓国の王様は、「竜」は使えません。ただし、その例外が、勤政殿にあります。
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勤政殿は、王の即位式や、外国使節との接見を行った場所です。向かって右側が文官、左側が武官と、臣下の立ち位置が決まっています。
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勤政殿の周りの欄干には、四神と十二支が配置されています。正面は南側。四神は「朱雀」、十二支は「馬」です。
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王様の座る玉座。
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その後ろの絵、韓国ドラマでもよく見ます。これは、王様のいるところには必ずあったそうです。
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赤い丸は太陽、白い丸は月ですね。そして、山が5つ。真ん中の山は、王宮の北にある北漢山です。そして、東西南北の代表的な山を描くことで、朝鮮半島全体を表しています。東は金剛山(금강산)、西は妙香山(묘향산)、南は智異山(지리산)、北は百頭山(백두산)。智異山以外は、現在の北朝鮮にあります。

そして、宮殿の天井には、竜の彫刻が施されています。朝鮮の王は、竜は使えないはず。
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景福宮は、1392年に建設に着手されました。それまでの都は、高麗時代の開城(ケソン)。開城は運気が弱まっているということで、ソウルに遷都です。おそらく、その時の彫刻は鳳凰だったのでしょう。そして、1592年の文禄の役で全焼します。再建されたのは1867年。その頃の中国は、清。ヨーロッパの列強がやってきて、清の国力も弱まっていたため、竜を使えたということです。

ということで、レポート第1弾はここまで。いろいろ勉強になり、メモを取りながら、観光です。


By aero-K



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