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三内丸山遺跡から考える、今後の日韓関係について
2012年 08月 20日 (月) 13:30 | 編集
8月17日、「チャカン男子」の出演者は青森空港から帰国、または、次の仕事先へ。

この日、私は夏休みでしたので、青森空港で一行をお見送りをしようかと逡巡しましたが、ぐっとこらえて、息子と一緒に、三内丸山遺跡へ。

三内丸山遺跡では、遺跡の発掘体験に参加です。

プロの作業員が彫り方を教えてくれます。
IMG_4612.jpg

小中学生が対象の発掘体験でしたが、発掘道具がちょうど1セット残っており、お父さんもどうぞとのことでしたので、さっそく私も参加。

炎天下の中、黙々と土を削る作業は、とてもきつい作業ですが、新たな歴史の発見につながるかもしれないと思うと、時間がたつのを忘れて、土掘りに没頭します。息子にも構わず、発掘に熱中。

1時間ほど掘り、ようやく土器のかけらを見つけました。
IMG_4613.jpg

こんな大きい破片を発見した人もいます。土器の底だそうです。
IMG_4621.jpg

さて、ソウルの国立博物館に行ったとき、日本の土器と同じような土器が展示されていました。
また、調べたところ、ソウルにも約6,000年前の住居跡があります。
岩寺洞先史住居跡の情報
この住居跡は、三内丸山遺跡よりは古い時代のものですが、竪穴式住居は三内丸山と同じ感じです。

三内丸山遺跡は、約5,500年前から1,500年間続いた縄文時代の大規模集落跡です。遺跡からは、糸魚川のヒスイが出土しており、縄文時代は、船を使って他地域と交易をしていたことが推測されます。日本海が海上交通の要であることは間違いなく、海の向こうから来た人も、海の向こうに行った人もいたはずです。

三内丸山から出土される土器と同じような土器が、中国大陸からも出土されていることからも、日本海を挟んで、人の行き来があったものと思われます。

当時は言葉もないなか、どのようにして意思疎通したのでしょうか?
「海の向こうから来た、○○です。ヒスイと毛皮を交換しましょう。」なんて。国の概念はないでしょうが、どこそこの集落くらいの概念はあったのでしょうか?

縄文時代と比べれば、今の日韓関係は、たかだか100年前からのもの。昨今の関係冷え込みが気になります。政府は、表と裏のルートをフルに使って、いろんなシグナルを流しているのでしょうけど。

秋田県の自治体が、韓国側から交流事業の中止を通告されたと、新聞で読みました。けれど、国と国との関係がこのような状態であるからこそ、草の根や市民レベルの交流の積み重ねにより信頼関係を構築していくことが大事だと思います。

「チャカン男子」の撮影のようなことが、両国民の相互理解と信頼関係を深めるのだと思います。

国際関係において、日韓のパートナーシップは両国に取って必要。「チャカン男子」の放送が延期になることはないでしょうが、私たち市民は、自分たちができることを一つ一つ行って行きたい。


By aero-K


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