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大邱、神社後、紡績工場跡、スンデ
2015年 03月 15日 (日) 09:15 | 編集
無人の工場で、機械が黙々と動いています。

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作っているのは、軍手です。

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そこから、公園に向かいます。

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日本時代には神社があった場所だそうです。この日は、春のような天気だったので、たくさんの市民が来ていました。

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ここに来た理由は、神社の鳥居が再利用されているという情報があったからです。

一つはこれ。「岡山県人」と書かれています。

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こちらには、「海野武男」と名前らしきものが彫られています。

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もう一つは、ローラーになっていました。

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かなり重いと思いますけどね。

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公園の外には馬車も走っています。

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小さいお馬さんもあります。

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次は、そこから北へちょっと離れたところ。とあるビルの外階段から見た長めです。

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建物が見えます。

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その下には、銅像も見えます。

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ここは、サムソンが大邱市に寄付したオペラハウス。稼働率は高いそうです。

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そして、銅像は、サムソンの創設者 イ・ビョンチョル。

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そして、ここには、かつて、第一毛織の織物工場がありました。大邱は、韓国最大の繊維生産地です。この第一毛織こそが、サムソンの母体となった企業です。

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先程見えた建物は、第一毛織の従業員用の寮です。

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工場はもう残っていませんが、寮はまだ健在です。

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最大で何人くらい従業員がいたのか、

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この建物はこれからどうなるのか?

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過去の歴史を否定しがちな韓国人ですが、この寮は、立派な産業遺産だと思います。産業観光としても売り出せそうですが、サムソン自体が、大邱に源流があることをあまり言わないようです。

ちなみに、この寮、三方がこのように壁に覆われていて、見えません。

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さぁ、夕食です。「イモシクタン」、直訳すれば「おばちゃんの食堂」。

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メニューは、スンデですね。

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こういうお店は、美味しいに決まっています。

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野菜もおいしいもん。

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いろんなスンデ。スンデのほかに、ポッサムや、内臓があります。

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それに、こんな大きな器でスープを飲めるなんて。しかも、おかわりできます。

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スンデは、本物の腸で作られています。臭みはありません。

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レバーは、モッチリしています。

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ポッサムは、肉と脂身のバランスが抜群。

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そして、お酒は、大邱の焼酎です。

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やはり、焼酎は豚肉に合います。食事終了後、金先生は、ここでお別れ。私たちはホテルへと向かいます。


by aero-K


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