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新年最初の小旅行は、浦項(ポハン)までの道
2015年 01月 13日 (火) 08:04 | 編集
1月3日の朝、予定より30分遅く起き、7時40分発のバスにはぎりぎり間に合うか、間に合わないかのタイミングだったため、8時20分のバスに変更し、東ソウルバスターミナルに向かいました。

目的地は次の中のどれかです。

150103pohang (1)

バスは途中、高速道のサービスエリアでトイレタイム。

150103pohang (2)

ちなみにこのバス、満席でした。このサービスエリアまではぐっす眠ってきました。どこら辺にいるにかというと、

150103pohang (1)

左上のソウルを出発して、向かっているのは右下の浦項(ポハン)、そして、サービスエリアはちょうど中間くらいのところ。

バスは途中、慶州に寄り、ポハンに着いたのは13時頃です。

150103pohang (3)

ターミナル前の地図を確認。

150103pohang (4)

浦項は、製鉄会社ポスコの城下町。ちなみに、ポスコは2013年の粗鋼生産量が世界第6位となっています。以前、ポスコの広報館には行ったことがありますが、浦項の市街地は初めてです。でも、今回向かうのは、海の方です。

150103pohang (5)

その前に、まず腹ごしらえです。バスターミナルの横に、食堂街があります。

150103pohang (6)

浦項名物のクァメギ(生干しサンマ)のお店もあります。

150103pohang (7)

お客さんが入っているところと、入っていないところがありますが、入っていない方に入りました。

150103pohang (8)

特に理由はありませんが、注文ししたら早く出てくると思って。

150103pohang (10)

店内には昔ながらのダルマストーブがあります。

150103pohang (9)

頼んだのはテジクッパ。出てきましたよ。

150103pohang (11)

150103pohang (12)

海が近い浦項らしいなと思ったのは、オキアミの塩辛。かなりしょっぱいので、クッパに入れて食べました。

150103pohang (13)

それからかまぼこ。

150103pohang (14)

こちらは、タラコのキムチ。

150103pohang (15)

クッパは薄味です。ですから、塩辛とコチュを加えて、ちょうどよくなります。

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豚肉がゴロゴロと入っていますので、かなりボリュームがあります。

150103pohang (17)

腹を満たしたことだし、観光案内所で地図をもらい、バス乗り場を聞きます。

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200番バスに乗り終点で降りればよいと教えてもらい、バス停に向かいます。

150103pohang (22)

バスの路線図を確認します。

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終点は確かに行こうとしているところです。

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バスロケーションシステムで、あと何分でバスが来るのかわかります。

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バスは、ポスコの前を通り過ぎ、田舎の方に進んでいきいます。そして、終点に着きました。バス料金はどこまで乗っても同じ1,400ウォンです。目の前は漁港です。

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漁に出ている時間なのか、あまり船がいません。

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駐車場では、今が旬のクァメギを販売しているテントが並んでいます。

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そして、バス停の向かいに門があります。

150103pohang (26)

ここは、九龍浦(グリョンポ)と言います。1923年、日本が九龍浦港を築港し、日本海圏域の漁業を管轄したことで、日本人の流入が増え、ここ九龍浦近代文化歴史通りには、病院、デパート、飲食店、旅館が軒を連ね、繁華街として発展していったそうです。

150103ku.jpg

説明によると、日本統治時代に建てられた日本家屋は、都市開発の過程で撤去又は老朽化が進み、韓国民族にとって悲しい歴史が焼失してしまうという危機に瀕したそうです。そこで、浦項市は家屋を補修・整備することにより、日本強占期時代における日本人の豊かな暮らしぶりを再現し、それとは反対に、日本に搾取され、貧しい生活を強いられていた韓国民族のことを忘れないための教育の場にする目的で、九龍浦近代化歴史通りを造成したそうです。日本統治時代に町が発展した事実があるにせよ、結局、そこに行きついちゃうのかという感じです。

今回の九龍浦に来た目的の一つは、その日本家屋がどのようなものであるのか、確かめることでした。前から来たい、来たいと思っていて、ようやく来ることができたのです。

150103pohang (27)

とりあえず、通りを歩いてみることにしました。

150103pohang (28)

漁港らしく、水産物を見かけるのですが、

150103pohang (29)

解説がないと、どれが日本家屋なのかわかりません。トタンを使っているのが日本ぽく見えますし、

150103pohang (31)

このような平屋もそうなのかなと思います。

150103pohang (30)

よくみると、建物の壁に標識があるものと、ないものがあります。例えば、この建物。

150103pohang (32)

標識を見ると以前はおもちゃ屋だったようです。今は、一階が洗濯屋で、二階が居住スペースになっています。

150103pohang (33)

だけど、どう見ても当時と同じ建物には見えません。でも、歩き方がわかったので、この標識を目標に歩くこととしました。


by aero-K

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