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「ソウルの達人」への道
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これが、虎尾串の日の出です
2015年 01月 17日 (土) 08:37 | 編集
チムジルバンにはよく行きますが、泊まった経験はあまりありません。

今回の虎尾串温泉ランド、料金は8,000ウォンだったかな。この金額で泊まれるのですから、安いものです。早めに入館して、まずは、ひとっ風呂浴びます。

そして、19時過ぎにはウェアを着て、チムジルエリアに。まず、スマホの充電をしなければなりません。しかし、目の付くところにあるコンセントは既に埋まっています。ウォーターサーバーの隣にある目立たない電源を確保です。

そして、寝るスペースを作らなければなりません。ホールの上に睡眠室があり、マットを敷いて、枕を置いて、ただ、場所取りように置いておく物がないので、やむをえずタオルを置きます。まぁ、期待はしていませんでしたが、案の定、2時間後にはその場所は取られてなくなっていました。自分の場所だと主張するような、お弁当を置いたり、本を置いたり、何か目印となるものを置かないと、取られてしまうのでしょう。でも、その睡眠室は、狭いスペースに、隙間なくびっしりと敷かれたマット。暗闇の中、食事をしたり、パソコンを持ってきている人もいますし、とてもそこでは眠られる雰囲気ではありません。

早めに場所取りしないと、本格的に寝る場所がなくなると思い、行動を急ぎます。まず、食堂に行き、夕飯を食べます。ユッケジャン7,000ウォン。そして、何回かチムジルバンに入り、22時過ぎには、男子用サウナに行く途中の睡眠室に向かいます。てっきり男性用の睡眠室だと思っていましたが、女性もいました。まだ早い時間だったので。余裕でマットを敷くスペースを見つけ横になります。

そこからが、長い、長い夜の始まりです。睡眠室の中ではまだテレビがついています。マットを離れれば、すぐに場所を取られてしまうため、眠っている振りです。トイレにも行けません。23時近くになり、チムジルバン前のホールからあふれた人が続々と睡眠室へ流入してきているようです。私と私の隣のおじさんの間の一人寝れるかどうかという狭い空間、そこに2人ゴロンと横になって眠ろうとしていますが、眠ることができず外に出ていきます。

23時を過ぎテレビは消えましたが、ヒソヒソ話をするアジュンマたち。睡眠室の戸を開けっ放しにしておくので、廊下で酒を飲んでいる人たちの大声がもろに聞こえます。24時を過ぎても、外では大きな声がします。そして、隣の隙間に入ってきて、横になってはいなくなる人たち。私は、眠っている振りをして絶対に動きません。場所も譲りません。しかし、寝返りを打つとぶつかる隣の人の手。

それでも1時を過ぎると、少しは静かになってきて、その代わりに、いびきが響き始めます。そのいびきのひどいのなんの。一人のジサマが、息の詰まったような大きないびきの後、むにゃむにゃと寝言、しまいには寝歌を歌う。それを定期的に繰り返します。聞こえてくる失笑、深いため息、たまに、眠れないアジュンマの出て行けという怒鳴り声。しかし、当の本人は夢を見ている最中。朝が早く来ないか待ち遠しい。そう、私は、ほとんど一睡もできていません。

4時半頃、もういいやと思い、マットから起きます。チムジルバンの前のホールに行くと、立錐の余地がないほど、びっしりの人。100人以上の雑魚寝です。電源を見つけ、スマホの充電をしながら、チムジルバンに入ります。すると、行き場のない人たちで、チムジルバンも混んでいます。ひとっ風呂浴びて、6時過ぎには温泉ランドを出発しました。

バス停に行くと男子高校生のグループがいました。真っ暗闇の中、一人でバスを待つのと違い、安心感がありました。10分くらい待つとバスが来て、九龍浦の街中に向かいます。乗合センターで降りて、次のバスの時間を確認。7時出発です。

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30分くらい時間があったので、近くをブラブラ。明け方の港は忙しそうです。

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市場ではちょうど競りが行われていました。

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アンコウが並んでいます。

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それから、カニ。

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この魚は何だろう?

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時間が来たのでバスに乗ります。

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バスに揺られること20分くらい、虎尾串に到着です。

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夜明けの海岸には大勢の人が集まってきています。

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ここには、陸上に一本の手。

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海の中にもに一本の手。

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2本の手で、平和を求めているそうです。そして、ここが日の出の名所なのです。今回の旅の一番の目的はここで日の出を見ることでした。冬は日の出の時間が遅いので、バスに乗ってきても十分間に合いました。一番前まで行き、日の出を待ちます。

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周りには写真の撮りに来た人たちがびっしり並んでいます。太陽が昇ってきたようです。

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ズームすると、

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キタ、キタ、キタ。だけど、雲が厚く、くっきりと見えません。徐々に明るくなってくる太陽。

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太陽の形がはっきり見えるのはここまでかな。

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だんだん明るくなってきます。

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一瞬の日の出が過ぎると、すぐに帰り始める人もいます。

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私は、どのポジションからきれいに見えるのか、スポットを探します。

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手のひらの中に太陽が上がってくるのが見える位置があるはずなのですが、探せませんでした。

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だんだん太陽の光が強くなってきたので、帰ることにします。

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ちょうど8時10分発のバスがありました。

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日の出を見ることができ、今回の旅の目的達成です。

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もう来ることはないと思う、虎尾串。

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バス停で見たら、この近くにもチムジルバンやモーテルがあります。

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夜のうちにここまで来て、ここで夜を明かす方がゆっくりできていいかもしれません。ちなみに、この日出公園の近くでは、夜明け前から、刺身屋や屋台が営業していました。

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さて、九龍浦の街中に戻り、朝食とします。朝から、カニを食べている人たちもいますが、小さな食堂を見つけました。

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一人分から注文できるのは、定食、スンドゥブ、テンジャンとあります。

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頼んだのは、テンジャンチゲ。これまた、朝からすごい盛りです。

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テンジャンチゲは、コチュが効いた辛めの味付け。

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辛さを和らげてくれる卵。

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海だけにワカメの和え物。

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小魚の佃煮も飯の種となります。

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そして、イシモチもついている。うれしい。

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健康にいい、つる人参。

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ほうれん草と、野菜も豊富です。

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さらには、豚肉の炒め物まで。

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朝からこんなに食べちゃって、この日は、一日中かなり歩いたのですが、昼食を食べなくても、全然へっちゃらでした。

さて、食事の後は、もう一度市場に行ってみます。お肉屋さんには結構、グロいものも。

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目的は肉屋ではなく、こちら。

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クァメギを買ったんです。サンマ20匹分で1万ウォン。これに薬味の野菜とコチュを付けて1万3千ウォン。2人分基準で、サンマ20匹分に野菜やワカメやのりなどがセットになったクァメギボックスが2万ウォン位から売られています。港にも、特設テントがあり、たくさん売られています。カニはかさばって持ち運びが不便ですから、クァメギを買ったんです。

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九龍浦はこのくらいにして、浦項に移動します。

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こんな田舎でも、バス停にはバスロケシステムが完備されています。さすが。IT大国。

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途中、バスはポスコの工場地帯の前を通るので、そこで降りて、写真を撮ってから、浦項駅へ向かおうと思っていましたが、甘かった。前夜、ほとんど眠られなかった影響が大きく、気が付いたらポスコはとっくに通り過ぎていました。

そこで方針変更。まっすぐ浦項駅へ向かいます。

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駅前の通りは、2008年に大韓民国空間文化大賞を受賞したようです。

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電線が地中に埋まっているとおりですね。まだ昼前なので、人があまりいません。

浦項駅です。

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営業開始は、日本統治時代の1918年。

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日本統治時代に作られたものでも、さすがに駅と鉄道は壊すことなく、使っているんだ。

駅の周りには野菜や果物を売っている小さい市があります。

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東大邱行のムグンファ号に乗ります。

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ムグンファ号にはカフェもあります。

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目指すは、慶州。慶州までは約30分。料金は2,600ウォン!いざ、出発。

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by aero-K


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九龍浦の夕陽を見て、チムジルバンに向かう。
2015年 01月 16日 (金) 08:37 | 編集
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階段を上り、九龍浦公園に行きます。この階段と石柱は、1944年に日本人により作られたものです。石柱は左に61本、右に59本、計120本あります。石柱には九龍浦港造成に寄与した日本人名が刻まれていたそうです。敗戦後、日本人が引き揚げると、九龍浦の住民はセメントで記録を塗りつぶし、石柱の上下を逆にして立てたそうです。その後、1960年に住民たちは石柱を元に戻し、忠魂閣の建設の後援者名を刻んだそうです。

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津波時の避難場所となっています。

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港と日本海が見えます。

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浦項が中心になった地図です。こういう発想、私は好きです。

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この碑は、十河与三郎を讃えて建てられたものです。

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説明によると、十河与三郎は、九龍浦の防波堤の築造や道路解説などに関わった人物です。日本人は、彼の業績を讃えるために日本から珪化木を輸入し、1944年にこの頌徳碑を建てたそうです。

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敗戦により日本人が引き揚げた後、九龍浦の住民がセメントで碑を塗りつぶしたので、碑文の内容は知られていません。

この公園には竜のオブジェもあります。

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公園を下り、道を歩いてみました。カニ屋が軒を連ねています。

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漁港の電光掲示板によると、カニは全国の57%、イカは20%の水揚げ量ということです。

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道理でカニ屋が多いわけだ。漁港の中でも、カニが売られていました。

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漁港の隣にあるカニ流通センター。多くのお客さんでにぎわっています。

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中には、水槽に大きさごと(価格ごと)にカニが分けられています。ゆでてもらってお土産にしたり、ここで食べることもできます。

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この漁港の道路を挟んだ向かい側に市場があります。

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夕方なので、この日最後の商いといったところでしょう。

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干し魚がたくさんあります。

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この子持ちカレイなんか美味しそう。

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干しカレイは大好きなんですが、買って帰ったとしても、フライパンで焼かなければだめなので...

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フグなんかもあります。

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そして、九龍浦といえば、なんといってもクァメギ。

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それから、このナマコは日本と同じ種類です。

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日が沈みかけてきたので、もう一度、さっきの九龍浦公園に上り、夕日を見ます。山の向こうに沈んでいく夕日。

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夕焼けの方角に向かって漁に出る漁船。

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公園を下りて、海岸沿いに歩いてみます。

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防波堤で釣りをしている人々。その向こうに漁船の灯り。

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岩場にも一人釣り師が。

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押し寄せる波。おじさん、大丈夫かな?

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カニ屋では、カニが一杯8,000ウォン。

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アワビ料理もおいしそうです。

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そして、続々と漁に出る船。

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カニ屋の看板は夜になると光るんです。

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九龍浦は小さい街です。街中にはモーテルが2~3軒あります。

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私はと言えば、バスに乗って、10分くらいの温泉ランド(チムジルバン)に向かいました。山間の温泉ランドは、18時を過ぎたばっかりなのに、真っ暗。バス停で降りて、道路の反対側が温泉ランドなのですが、横断歩道もなく、道路の下をくぐって行かなければならない様子。暗い夜道を歩き、道路の下をくぐり、温泉ランドへ到着しました。

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by aero-K


九龍浦の日本家屋、まだまだ続きます
2015年 01月 15日 (木) 08:42 | 編集
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高台の公園に続く階段の左手にあるのが、「中村理髪店」。

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階段の右手にあるのが、「はりまや食堂」。

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玄関のひさしと、二階の窓に当時の面影があります。

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次の建物は、

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標識には、

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こりゃ、わからないな。

次の建物は、宿屋だったそうです。

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次の建物は、「増田薬屋」。

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次の建物は、水産物仲買店。

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次の建物は、洋雑貨店。

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次の建物は、「松原峯市百貨店」。

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だいぶ変わっています。特に一階部分がね。

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次の建物は、「東湯理髪部」。

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二階の窓が小さくなってます。

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次の建物は、「料理店 延海樓」。

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そして、当時の街並みの地図や写真があります。

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この地図、複製が売っていれば、買います。

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次の建物は、

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「道の駅」ということは、日本に街づくりを勉強しに行ってきたのでしょう。

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ここでは、日本文化体験などもできるようです。

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次の建物は、「中堅健太郎 商店」。

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そして、ひときわ立派な建物がありました。

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九龍浦近代歴史館です。

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1920年代、香川県から移住してきた橋本善吉の二階建ての木造家屋です。終戦後、個人の住宅として利用されていたものを浦項市が買い取って修理しました。

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内部には100年前の姿がそのまま残されています。

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当時の生活の様子がわかります。

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橋本善吉は、鮮魚の運搬業から始めて、いわし加工工場の設立・経営だけでなく、学校組合の管理者まで引き受けたそうです。

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ここのも当時の街並みがわかる地図があります。

これは、1930年に作られたもの。

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こちらは、1929年に作られたものです。

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ちなみに、この歴史館、無料で見学できます。

歴史館の外には赤いポストがあります。

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投函の6か月後に配達されるそうです。

日本家屋はあと少し続きます。

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「斎藤商店」。

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次の建物は、「齊藤基一 製函工場」。

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次の建物は、仲買運搬事務所。

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これで、日本建築はだいたい終わりです。

建物には、当時の面影が残っているものと、改築されてしまってその面影がほとんどないものとが、かなり混在していることがわかりました。見学に来ている韓国人はとても多いです。

今の時期は、カニの時期でもありますの、カニを買いに(食べに)来るついでに、この通りを歩いている人も多いようです。このあとは、高台の公園に上ってみました。


by aero-K


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